日本の公的年金に10年以上加入した外国人は、帰国しても脱退一時金を受け取れません。その代わり、老齢年金の受給資格を持ったまま帰国し、原則65歳になった時点で、住んでいる国から日本の老齢年金を請求して受け取ります。保険料は掛け捨てにならず、受け取り方が「帰国時の一時金」から「老後の年金」に切り替わる、というのがこの問題の答えです。
10年を境に、脱退一時金と老齢年金が入れ替わる
日本の老齢年金は、受給資格期間が10年以上あることが受給の条件です。2017年8月1日に25年から10年へ短縮されました。一方、脱退一時金の支給要件には「老齢年金の受給資格期間(10年)を満たしていない」ことが含まれています(国民年金法附則9条の3の2、厚生年金保険法附則29条)。
2つの制度は同じ10年の線で入れ替わる関係にあります。加入期間が10年未満なら脱退一時金を請求でき、10年以上なら請求できず老齢年金の側に回ります。10年以上の人が「脱退一時金を選ぶ」ことはできません。本人に選択の余地はない、という点を最初に押さえておく必要があります。
10年未満で帰国する人の脱退一時金の要件・計算方法・2025年改正(上限8年への引上げ)は外国人の脱退一時金とは?上限8年への改正はいつから・再入国許可中の請求制限で扱っています。この記事は、10年を超えた人と、10年目前で帰国を考えている人に絞って書きます。
受給資格期間の「10年」に数えるもの
ここでいう受給資格期間とは、次の期間を合計したものを指します。
| 数えるもの | 外国人社員で多い例 |
|---|---|
| 保険料納付済期間 | 厚生年金に加入して働いた期間、国民年金保険料を納めた期間 |
| 保険料免除期間 | 失業や留学中に国民年金保険料の免除・納付猶予を受けた期間 |
| 合算対象期間(カラ期間) | 永住許可を受けた人・日本国籍を取得した人の、それ以前の海外在住期間など |
厚生年金と国民年金の期間は通算されます。たとえば留学生として国民年金に2年加入し、就職後に厚生年金に8年加入した人は、合計10年で受給資格を満たします。日本年金機構の説明では、合算対象期間は受給資格の判定には数えますが、年金額には反映されません。
逆に、過去に脱退一時金を受け取った期間は、加入しなかったものとして扱われ、10年には数えません。一度帰国して脱退一時金を受け取り、再来日して働いている人は、再来日後の期間だけで10年を数え直すことになります。
10年加入で受け取れる年金はいくらか
10年加入の年金額は、日本人が40年加入した場合の4分の1程度が目安です。金額の感覚を持っておくと、社員への説明が具体的になります。
老齢基礎年金(国民年金部分)
日本年金機構によると、令和8年度(2026年4月分から)の老齢基礎年金の満額は年額847,296円(月額70,608円)です。満額は40年(480か月)納付した場合の額で、10年(120か月)なら4分の1の年額211,824円、月額に直すと約17,652円になります。
老齢厚生年金(報酬比例部分)
厚生年金に加入していた人は、これに老齢厚生年金が上乗せされます。2003年4月以降の加入期間については、おおよそ次の式で計算します。
平均標準報酬額 × 5.481/1000 × 加入月数
平均標準報酬額(賞与を含めた月給の平均)が30万円で、厚生年金に10年加入した人なら、30万円×5.481/1000×120か月で年額約197,316円です。実際の額は過去の報酬を現在の価値に直す再評価率で調整されるため、この計算は概算です。
2つを合わせると、年額で約41万円、月額で約3万4千円が65歳から一生支払われる計算になります。支払いは偶数月に2か月分ずつです。脱退一時金には5年(現行)の上限がありますが、老齢年金には上限がなく、加入期間が長いほど額が増えます。
帰国の前に社員と会社がやっておくこと
老齢年金の請求は、多くの場合、帰国から何十年も後になります。30歳で帰国した人なら35年後です。その時点で基礎年金番号が分からない、日本の住所も会社名も思い出せない、という状態では請求手続きが大きく遅れます。帰国前の準備で決まる部分が大きい手続きです。
会社から社員に伝えておきたいのは次の点です。
- 基礎年金番号通知書(または年金手帳)を持ち帰り、保管しておく
- 加入記録を「ねんきんネット」または年金事務所で確認し、記録の漏れがないか見ておく
- 市区町村に転出届を出す(住所が海外になったことを年金の記録に反映させるため)
- 日本での最後の住所と勤務先の名称・所在地を控えておく
- 脱退一時金の請求書は出さない(10年以上の人は支給されない)
日本年金機構は、海外に住む人向けにも「ねんきん定期便」を送っています。帰国後も住所を届け出ておけば、加入記録を海外で確認できます。住所が変わったときの届出は本人の手続きですが、会社が帰国時にこの仕組みを一言伝えておくだけで、数十年後に記録が行方不明になる事態を防げます。
住民税の精算や最後の給与の扱いなど、退職時の他の手続きは外国人社員が退職・解雇したら?企業に必要な届出と手続きにまとめています。帰国後の住民税の納付方法は外国人の住民税は帰国後どうなる?退職時の一括徴収と納税管理人【計算例つき】で扱う予定です。
海外から老齢年金を請求する手続き
請求できる時期と提出先
老齢年金を受け取る年齢は原則65歳です。日本年金機構の「海外にお住まいの方の年金の請求」のページによると、受給開始年齢に達した日の翌日から請求でき、提出先は日本で最後に住んでいた住所を管轄する年金事務所、または街角の年金相談センターです。海外に住んでいる人は、年金請求書(国民年金・厚生年金保険 老齢給付)を日本年金機構のホームページからダウンロードして使います。
請求書には「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を添付します。戸籍や住民票に相当する書類など添付書類は、受給権が発生した日以降に発行され、かつ請求書の提出日から6か月以内に発行されたものである必要があります。外国籍の人は、自国の公的機関が発行する身分関係・住所の証明書や、公証人の証明を使うのが一般的です。
社会保障協定の相手国に住んでいる場合
日本と社会保障協定を結んでいる国に住んでいる人は、その国の年金機関の窓口を通じて日本の年金を請求できます。協定で年金の加入期間を通算する国の人は、日本と母国の期間を合算して受給資格を判定できるため、日本の加入期間が10年に届かなくても日本の年金を受け取れる場合があります。日本年金機構によると、協定が発効している国は2026年6月2日現在で24か国です。
社会保障協定の仕組みと締結国は社会保障協定とは?外国人社員の年金二重加入を防ぐ手続きと締結国24か国一覧で扱う予定です。協定の有無は、10年目前で帰国を考えている人の判断にも直接関わります(後述)。
繰上げ・繰下げ
65歳より早く受け取る繰上げ受給は60歳から可能で、1962年4月2日以降生まれの人は1か月早めるごとに0.4%減額されます。遅らせる繰下げ受給は75歳まで可能で、1か月遅らせるごとに0.7%増額されます。海外に住んでいても同じ制度を使えます。
年金を受け取る権利は、受け取れる時期から5年を過ぎると、その月分から時効で消えていきます。請求を忘れていた人も、65歳から5年以内なら過去の分をさかのぼって受け取れますが、それを超えた分は失われます。65歳を過ぎても繰下げの意思がないのであれば、早めに請求するのが原則です。
受け取り始めた後に毎年必要な「現況届」
海外に住む年金受給者は、年に1回、生存と住所を確認するための現況届を日本年金機構に提出します。日本年金機構のページ(2026年4月1日更新)によると、2025年4月以降に誕生月を迎える人には、誕生月の3か月前に現況届が送られ、誕生月の末日までに提出する扱いです。
外国籍の人は、住んでいる国の戸籍・住民票に相当するもの、または公的機関や公証人の証明書を添えて、中央年金センター(東京都杉並区)に郵送します。提出しないと年金の支払いが止まることがあるため、受給が始まった後の最も大事な手続きです。住所や受取口座を変えたときも、同じ「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」で届け出ます。
海外で受け取る年金の税金
日本の公的年金は、海外に住む人(非居住者)に支払われる場合も、日本の所得税の源泉徴収の対象になります。国税庁のタックスアンサーNo.2884によると、税率は20.42%で、支払う年金の額から「5万円(65歳以上は9万5千円)×年金の額に係る月数」を控除した額に税率を掛けます。
先ほどの例(年額約41万円、月額約3万4千円)なら、65歳以上の控除額は月9万5千円なので、控除後の額はゼロになり、源泉徴収はかかりません。10年前後の加入で帰国した人の年金は、多くの場合この控除の範囲に収まります。加入期間が長く年金額が大きい人は、住んでいる国との租税条約により日本で課税されないことがあり、その場合は「租税条約に関する届出書(様式9)」を提出します。様式は国税庁のホームページで最新版を確認するよう、日本年金機構は案内しています。
非居住者に対する源泉徴収の一般的な扱いは非居住者の源泉徴収|帰国後の外国人社員に払う給与・賞与は20.42%で扱う予定です。
10年目前で帰国を考えている社員への説明
実務で最も判断が難しいのは、加入期間が9年台で帰国の相談を受けたときです。ここで重要なのは、あと数か月働けば老齢年金の受給資格に届くのか、それとも今帰国して脱退一時金を受け取るのか、という選択が本人に残っている点です。
現在の制度では、脱退一時金の計算に使う期間は5年(60か月)が上限です。9年働いた人が脱退一時金を受け取っても、5年分しか計算されません。平均標準報酬額30万円の人なら、厚生年金の脱退一時金は30万円×0.183×1/2×60=164万7千円(源泉徴収前)です。一方、10年に届けば年額約41万円を65歳から受け取れ、受給開始から約4年でこの金額を上回ります。
ただし、どちらが有利かは年齢、健康状態、65歳まで生活する国の物価、為替、再来日の予定によって変わります。本人の事情で結論が変わる判断なので、会社は制度の数字を示すところにとどめ、最終判断は本人に委ねるのが適切です。
判断材料として伝えておきたいのは次の3点です。
- 海外に住む外国籍の人は、帰国後に日本の国民年金に任意加入して期間を延ばすことができない(海外からの任意加入は日本国籍の人に限られる)
- 母国と日本の間に年金期間を通算する社会保障協定があれば、10年に届かなくても日本の年金を受け取れる可能性がある。この場合、脱退一時金を受け取ると通算に使える期間が消える
- 脱退一時金の請求期限は、日本に住所がなくなった日から2年以内。いったん受け取ると取り消せない
筆者は、10年目前の社員から相談を受けた会社が、退職日の設定を本人任せにしてしまい、数か月の差で受給資格を逃すケースを避けるべきだと考えます。残りの月数を年金の記録で正確に数え、本人に見せたうえで退職日を決めてもらう。会社にできることは、その材料を渡すことです。
永住者・長期在留者が帰国する場合
10年以上加入した外国人の中には、永住者として長く日本に住み、老後に母国へ戻る人もいます。この場合も扱いは同じで、脱退一時金は請求できず、老齢年金を海外で受け取ります。65歳を過ぎて既に年金を受け取っている人が海外に移る場合は、日本年金機構に海外転出の届出をして、受取口座を海外の金融機関に変えることもできます。
一方、永住者が再入国許可を持って一時的に出国する場合は、在留資格を失わない範囲で日本に戻ることが前提になります。出国の期間と在留資格の関係は再入国許可とみなし再入国許可の違いで解説しています。
よくある質問
外国人が10年年金に加入して帰国したらどうなりますか?
脱退一時金は請求できなくなり、老齢年金の受給資格を持ったまま帰国することになります。原則65歳になったら、住んでいる国から日本年金機構に年金請求書を出し、日本の老齢年金を受け取ります。保険料が掛け捨てになるわけではありません。
10年以上加入した外国人は帰国後いくら受け取れますか?
加入期間と給与によって変わります。老齢基礎年金は10年加入で年額約21万円(令和8年度額)、これに厚生年金の加入期間に応じた老齢厚生年金が上乗せされます。平均月給30万円で10年加入なら、合計で年額約41万円が目安です。
厚生年金は外国人が帰国時に返金されますか?
加入期間が10年未満なら、帰国後に脱退一時金として保険料の一部が戻ります(上限は現在5年分)。10年以上なら返金はなく、65歳から年金として受け取ります。
海外の銀行口座で日本の年金を受け取れますか?
受け取れます。年金請求書に「外国居住年金受給権者 住所・受取金融機関 登録(変更)届」を添付し、海外の金融機関を受取先として届け出ます。日本国内の金融機関の口座を受取先にすることもできます。
日本の年金を受け取る手続きは会社がしてくれますか?
老齢年金の請求は本人が行う手続きで、会社が代わりに請求することはありません。会社にできるのは、帰国前に基礎年金番号の書類を持ち帰るよう伝え、加入記録の確認を促すことです。
帰国の相談を受けたら、まず加入月数を数える
外国人社員の帰国の相談を受けたとき、会社が最初に確認すべきなのは、その社員の年金の加入月数です。10年以上なら老齢年金の請求に向けた準備、10年未満なら脱退一時金の案内、9年台なら残りの月数と社会保障協定の有無の確認と、次に取るべき行動が加入月数で分かれます。
老齢年金の請求は数十年後の手続きですが、その成否は帰国前の数週間で決まります。基礎年金番号の書類、加入記録の控え、日本での最後の住所。この3つを持ち帰ってもらうだけで、社員が65歳になったときの手続きは大きく変わります。退職時の説明資料に年金の項目を1ページ加えておくことを、会社の標準の手順にしておくとよいでしょう。
根拠資料
- 海外にお住まいの方の年金の請求(日本年金機構)
- 海外にお住まいの年金を受けている方が誕生月を迎えたとき(日本年金機構・2026年4月1日更新)
- 海外で年金を受け取るとき(日本年金機構・2026年8月13日更新)
- 令和8年4月分からの年金額等について(日本年金機構)
- 令和8年度の年金額改定について(厚生労働省・2026年1月23日)
- 合算対象期間(日本年金機構)
- 脱退一時金の制度(日本年金機構)
- 年金の繰上げ受給(日本年金機構)
- 年金の繰下げ受給(日本年金機構)
- No.2884 非居住者等に対する源泉徴収・源泉徴収の税率(国税庁)
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