タイ料理人は、日タイEPA(経済上の連携に関する日本国とタイ王国との間の協定)の特例により、技能ビザの実務経験が10年ではなく5年で足ります。ただし年数が半分になる代わりに、タイ労働省が発行する初級以上の技能水準証明書と、申請直前1年間にタイで平均賃金を超える報酬を受けていたことの証明が加わります。
特例は経験年数を短くする制度であって、それ以外の審査が軽くなるわけではありません。日本の店で日本人と同等額以上の報酬を払うこと、店にタイ料理の専門調理師を必要とする業務があることは、通常の調理師と同じように確認されます。
この記事でわかること
- 日タイEPAでタイ料理人の経験年数が5年に短縮される根拠
- 5年ルートで必要になる3つの要件と「妥当な額の報酬」の意味
- 審査で確認される立証資料
- 通常の10年ルートとの違いと、どちらで申請するかの考え方
特例の根拠:上陸基準省令の第1号ロ
技能の第1号(調理師)は、外国で考案され日本で特殊な料理の調理や食品の製造の業務に従事する者で、次のいずれかに当たる者を対象としています(18-2)。
- イ 当該技能について10年以上の実務経験(外国の教育機関で当該料理の調理・食品の製造に係る科目を専攻した期間を含む)を有する者
- ロ 日タイEPAの附属書七第一部A第五節1(c)の規定の適用を受ける者
ここでいう附属書七第一部A第五節1(c)とは、タイ料理に関する専門的な技能を必要とする活動で、在留資格「技能」に基づくものを対象に、従事する人が一定の要件を満たすことを条件とする規定を指します。審査要領は「第2 応用・資料編」の2で、この規定の内容と取扱いをまとめています(18-14〜18-15)。
「いずれかに該当」という書き方なので、タイ国籍の調理師であっても、10年以上の経験を証明できるならイのルートで申請することもできます。ロのルートは、経験が5年以上10年未満の人のための道と考えると整理しやすくなります。
5年ルートの3要件
審査要領が引用する協定の規定は、活動に従事する自然人が次の要件を満たすことを条件としています(18-15)。
| 要件 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| ① 実務経験 | タイ料理人として5年以上の実務経験 | 技能水準証明書を取るための要件を満たすために教育機関で教育を受けた期間を含む |
| ② 技能水準証明書 | 初級以上のタイ料理人としての技能水準に関する証明書を取得していること | タイ労働省が発行するもの |
| ③ 直前1年の報酬 | 申請日の直前1年の期間に、タイでタイ料理人として妥当な額の報酬を受けており、または受けていたことがあること | 「妥当な額」には定義がある(下記) |
①の5年に含められる教育期間は、通常の10年ルートとは書き方が違います。10年ルートでは「外国の教育機関で当該料理の調理を専攻した期間」を含めますが、5年ルートでは「技能水準証明書を取得するための要件を満たすために教育機関で教育を受けた期間」を含めます。証明書の取得と結びついた教育であることが、算入の条件になっています。
「妥当な額の報酬」とは
③の「妥当な額の報酬」について、審査要領が掲げる協定の訳注は、次のように定義しています。
「妥当な額の報酬」とは、日本国の当局が毎年計算するタイ国内のすべての産業における被用者の平均賃金額を超える額の報酬又はこれに相当するもの(現金によるものに限る。)であって、タイ情報技術通信省国家統計局が公表する労働力調査において示される入手可能な最新の統計資料に基づくものをいう。
出典:入国・在留審査要領 第12編(開示版)第18節 18-15(訳注1)
要点は三つあります。基準はタイ国内の全産業の平均賃金であること、それを「超える」必要があること、現金による報酬に限られることです。食事や住まいを現物で支給されていた分は、この計算に入らないと読めます。
③は「直前1年の期間に」タイで報酬を受けていたことを求めています。筆者は、この要件を「申請の直前まで、タイでタイ料理人として現役で働いていたこと」を確かめるものと読んでいます。タイを離れて長く別の仕事をしていた人や、すでに日本で別の在留資格で暮らしている人は、③を満たせない可能性があるので、早い段階で確認してください。
審査で確認される立証資料
審査要領の審査のポイントは、タイ料理人の場合(基準1号ロ)について、次の資料で要件を確認するとしています(18-9 (キ))。
- タイ料理人として5年以上の実務経験を証する文書(技能水準証明書を取得するための教育期間を含む)
- 初級以上のタイ料理人としての技能水準に関する証明書
- 申請を行った日の直前の1年間に、タイでタイ料理人として妥当な報酬を受けていたことを証する文書
出入国在留管理庁の「調理師としての活動を行おうとする場合」のページも、タイ料理人について同じ3点を挙げています。通常の調理師に求められる「名称・所在地・電話番号が記載された在職証明書」の定め(18-8 (カ))は、審査要領上「日タイEPAの適用を受けるタイ人料理人以外の場合」の規定です。ただし、5年の実務経験を証する文書として実際に出すのは勤務先の証明書になることが多いので、筆者は同じ3項目を載せてもらうようにしています。③の報酬の証明には、筆者は給与の支払記録など、現金で支払われた額と期間が分かる資料を用意するよう勧めています。外国語の書類には日本語訳を付けてください。
5年ルートと10年ルートの比較
| 比較項目 | 10年ルート(第1号イ) | 5年ルート(第1号ロ) |
|---|---|---|
| 対象 | 外国料理の調理師全般(タイ料理人も可) | 日タイEPAの適用を受けるタイ料理人 |
| 経験年数 | 10年以上 | 5年以上 |
| 含められる学習期間 | 外国の教育機関で当該料理を専攻した期間 | 技能水準証明書の取得要件を満たすための教育期間 |
| 資格証明 | 公的機関の証明書があればその写し | 初級以上の技能水準証明書が必須 |
| 報酬の条件(タイ) | なし | 申請直前1年間に平均賃金超の報酬 |
| 日本での報酬 | 日本人と同等額以上 | 日本人と同等額以上 |
10年以上の経験があり、在職証明書もそろうなら、10年ルートのほうが直前1年の報酬を証明する負担がありません。反対に、経験が5年以上10年未満の人は5年ルートしかありません。どちらを使うかは、経歴の長さよりも、どの書類が確実に取れるかで決めるのが実務的です。たとえば経験が12年あっても、古い勤務先が閉店していて証明書の取れる期間が7年分しかなければ、10年ルートは立証できません。その場合に、直前1年の報酬と技能水準証明書がそろっていれば、5年ルートに切り替えて申請を組み立て直すことができます。
5年ルートでも変わらない審査
第1号の審査のポイントのうち、次の項目はタイ料理人にも共通してかかります(18-8〜18-9)。
- 業務内容を証明する所属機関の文書により、技能の活動を行うものであること
- 日本人が従事する場合に受ける報酬と同等額以上であること
- 勤務先の沿革、事業内容の資料や登記事項証明書と直近年度の決算文書により、勤務先に申請人の技能を要する業務があること
報酬の月額は、賞与等を含めた1年間の総額の12分の1で計算し、通勤手当や住宅手当などの実費弁償的なもの(課税対象を除く)は含めません(第1節 1-3〜1-4)。比べ方の詳細は就労ビザの「日本人と同等額以上の報酬」とは|審査要領に一律の金額基準がない理由と比べ方を参照してください。
もう一点、日本で特定技能や技能実習として働いた期間は、技能の実務経験として基本的に評価されません(第15節 15-11〜15-12)。タイ料理店で特定技能として働いている人を5年ルートで技能に切り替える計画は、①の年数の面でも、③の「タイでの報酬」の面でも成り立ちにくいと考えてください。
日本で任せる仕事の中身
審査要領は、技能の活動を「特別な技能、判断等を必要としない機械的な作業である単純作業と区別される」ものとしています(18-1)。タイ料理人として5年の経歴があっても、日本の店での担当が配膳や洗い場、決まった手順での盛り付けだけであれば、技能の活動には当たりません。雇用契約書や業務内容の説明書には、担当する料理の種類、調理場での役割、メニュー開発や日本人スタッフへの指導の有無などを具体的に書いておくと、熟練を要する業務であることが伝わります。
店側で用意する書類
出入国在留管理庁のページは、タイ料理人の3点のほかに、業務内容を証明する文書、履歴書、労働条件を明示する書面、事業内容を明らかにする資料、直近年度の決算書(新規事業の場合は事業計画書)を挙げています。令和8年4月15日以降の申請では、カテゴリー3・4の機関は「所属機関の代表者に関する申告書」も提出します。カテゴリー4とは、カテゴリー1・2・3のいずれにも当たらない団体・個人を指し、個人経営のタイ料理店はここに入ることが少なくありません(18-13)。
審査期間と在留期間
出入国在留管理庁の公表では、令和8年7月許可分の技能の在留資格認定証明書は、交付まで平均90.6日でした。在留期間は5年、3年、1年、3月のいずれかで、受入れ機関がカテゴリー4の場合は1年になります(18-12〜18-13)。来日後の更新で確認される点は技能ビザの更新で見られること|勤務実態と調理師の職務内容にまとめています。
よくある質問
Q. タイ国籍の調理師なら誰でも5年で申請できますか?
できません。5年の特例を使うには、タイ料理人として5年以上の実務経験が必要です。それに加えて、初級以上のタイ料理人としての技能水準に関する証明書を持ち、申請日の直前1年間にタイでタイ料理人として妥当な額の報酬を受けていたことが求められます。
Q. 5年には調理学校に通った期間を含められますか?
タイ労働省が発行する技能水準証明書を取得するための要件を満たすために、教育機関で教育を受けた期間は含められます。
Q. 「妥当な額の報酬」はいくらですか?
日本の当局が毎年計算する、タイ国内のすべての産業の被用者の平均賃金額を超える額で、現金によるものに限られます。具体的な金額は公表資料と開示された審査要領からは確認できず、審査要領の該当部分は黒塗りです。申請時点の基準額は個別に確認してください。
Q. タイ料理以外の料理人でもこの特例は使えますか?
使えません。対象はタイ料理に関する専門的な技能を必要とする活動を行うタイ料理人です。ほかの料理の調理師は、原則どおり10年以上の実務経験が必要です。
Q. タイの勤務先の証明書にも、名称・所在地・電話番号の記載は必要ですか?
審査要領上、名称・所在地・電話番号を記載した在職証明書に限る定めは、タイ料理人以外の調理師についての規定です。ただし、5年の実務経験を証する文書として勤務先の証明書を出す以上、入管が内容を確認できるよう、同じ3項目を記載してもらうことをおすすめします。
申請前に確かめる順番
最初に確認するのは③です。候補者が申請予定日の直前1年間にタイでタイ料理人として働き、現金で報酬を受けていたか、その額が基準を超えているかを確かめてください。次に②の技能水準証明書の有無と等級、最後に①の5年の経験を裏づける勤務先の証明書を集めます。③が満たせない場合は、10年ルートで申請できるかを検討することになります。10年ルートの立証方法は外国料理の調理師(コック)の技能ビザ|実務経験10年の立証と在職証明書、技能ビザの全体像は技能ビザとは?対象職種・実務経験10年の要件と技人国との違いを審査要領で解説で解説しています。
根拠資料
- 入国・在留審査要領 第12編(開示版)第18節「技能」18-1(熟練と単純作業の区別)、18-2(第1号ロ・日タイEPAの参照)、18-12〜18-13(在留期間・カテゴリー4)、18-8〜18-9(審査のポイント (カ)(キ))、18-14〜18-15(日タイEPA附属書七の適用を受ける者の取扱い。(2)ア・イの本文は黒塗り)
- 同 第1節「全般事項」1-3〜1-4(報酬)
- 同 第15節「技術・人文知識・国際業務」15-11〜15-12(特定技能等の経験の扱い)
- 出入国在留管理庁「調理師としての活動を行おうとする場合」https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/skilledlabor01.html
- 出入国在留管理庁「所属機関の代表者に関する申告書(参考様式)」https://www.moj.go.jp/isa/content/001460262.pdf
- 出入国在留管理庁「在留審査処理期間(令和8年7月許可分)」https://www.moj.go.jp/isa/applications/resources/nyuukokukanri07_00140.html