厚生年金の脱退一時金から源泉徴収された20.42%の所得税は、「退職所得の選択課税による還付のための申告書」を税務署に出すことで取り戻せます。退職所得控除の最低額が80万円、加入期間4年なら160万円あるため、脱退一時金だけを受け取った人であれば、源泉徴収された税額が全額戻るケースがほとんどです。ただし申告は日本国内に住む納税管理人を通じて行う必要があり、その届出は本来、帰国前に済ませておく手続です。退職の話が出た時点で会社が段取りを案内できるかどうかで、本人が数十万円を受け取れるかどうかが分かれます。
脱退一時金の20.42%は、選択課税の申告でほぼ全額戻る
日本年金機構が請求書に同封している案内(2026年3月現在の版)は、所得税について次のように説明しています。
- 非居住者が受け取る厚生年金保険の脱退一時金は、支給の際に20.42%が源泉徴収される
- 「退職所得の選択課税による還付のための申告書」を税務署に提出すると、還付を受けられる場合がある
- 国民年金の脱退一時金は源泉徴収されない
- 申告書の提出先は、日本国内の最終の住所地または居所地を管轄する税務署
- 申告と還付金の受取りのため、帰国前にその税務署へ「所得税・消費税の納税管理人の届出書」を出す必要がある。出さずに帰国した場合は、申告時に申告書と一緒に出す
- 脱退一時金の送金と同時に届く「脱退一時金支給決定通知書」は、原本を納税管理人に送る
ここでいう確定申告とは、毎年2月16日から3月15日に行う通常の所得税の確定申告とは別の手続を指します。所得税法173条に基づく還付のための申告で、提出できる時期も書式も違います。「帰国した外国人が確定申告をする」と聞くと難しく感じますが、実際に書く内容は脱退一時金の額、源泉徴収された額、退職所得控除の計算の3点にほぼ限られます。
なぜ20.42%も引かれるのか
厚生年金の脱退一時金は、税法上は退職手当等とみなされる一時金です(所得税法31条)。脱退一時金を請求する時点で本人は日本に住所がないため、非居住者として扱われ、日本の加入期間に基づく一時金は国内源泉所得になります(所得税法161条1項12号ハ)。非居住者に支払う退職手当等は、退職所得控除も2分の1課税も使わず、支払額に20%を掛けて源泉徴収するのが原則です。これに復興特別所得税を加えた合計が20.42%です。
2027年1月1日以後は防衛特別所得税(所得税額の1%)が創設され、復興特別所得税が1.1%に下がりますが、国税庁の資料では合計税率は所得税率×102.1%で、20%の場合は20.42%のまま変わりません。非居住者への給与・賞与の源泉徴収と同じ整理です。
居住者が会社から退職金を受け取る場合は、退職所得の受給に関する申告書を出していれば、控除後の金額の2分の1にだけ課税されます。非居住者の源泉徴収はこの控除を一切使わないため、同じ金額でも税負担がまったく違います。その差を事後に埋めるのが選択課税です。
選択課税の計算|退職所得控除で課税がゼロになる理由
退職所得の選択課税とは、非居住者が受け取った退職手当等を、居住者として受け取ったものとみなして計算した税額で課税されることを選べる制度です(所得税法171条)。源泉徴収された額と、居住者として計算した額との差額が還付されます(同法173条2項)。
居住者として計算する場合の退職所得は、次の式で求めます。
退職所得=(脱退一時金の額-退職所得控除額)×1/2
退職所得控除額は、勤続年数20年以下なら40万円×勤続年数で、80万円に満たない場合は80万円です(所得税法30条3項・6項2号)。脱退一時金のような「退職手当等とみなす一時金」の勤続年数は、会社での勤続期間とは別に、その一時金の支払金額の計算の基礎になった期間(厚生年金の加入期間)で数えます(所得税法施行令69条1項2号)。1年未満の端数は1年に切り上げます(同条2項)。
厚生年金の加入期間に応じて計算すると、次のようになります。平均標準報酬額28万円の社員が4年(48か月)加入して帰国した例は、外国人の脱退一時金とは?上限8年への改正はいつから・再入国許可中の請求制限の計算例と同じ数字です。
| 項目 | 4年加入・平均28万円 | 5年加入・平均30万円 |
|---|---|---|
| 支給率 | 4.392 | 5.49 |
| 脱退一時金の額 | 1,229,760円 | 1,647,000円 |
| 源泉徴収税額(20.42%) | 251,116円 | 336,317円 |
| 退職所得控除額 | 160万円(40万円×4年) | 200万円(40万円×5年) |
| 退職所得 | 0円 | 0円 |
| 還付される額 | 251,116円 | 336,317円 |
現在の支給額の上限は60か月分で、保険料率18.3%なら支給率は最大5.49です。平均標準報酬額が相当高くない限り、脱退一時金の額が退職所得控除額を超えることはありません。たとえば加入6か月でも控除は最低額の80万円あり、6か月分の脱退一時金がこれを超えることは通常ないため、源泉徴収された額がそのまま戻ります。
国税庁の「退職所得の選択課税の記載例」にも厚生年金の脱退一時金の記載例があり、291,478円の一時金に対して退職所得控除80万円を適用する形で示されています。申告書は第一表から第三表までの構成で、第三表に退職所得の計算を書きます。
還付が全額にならないケース|前年以前4年内に退職金を受け取っている
脱退一時金だけを受け取った人なら全額還付が通常ですが、会社から退職金を受け取っている人は注意が必要です。
所得税法施行令70条1項2号イは、その年の前年以前4年内に退職手当等を受け取っていて、その勤続期間と今回の一時金の計算の基礎になった期間が重なっている場合、重なっている期間分の控除額を差し引くと定めています。たとえば2026年12月に退職金を受け取って出国し、2027年に脱退一時金を受け取った人は、会社での勤続期間と厚生年金の加入期間がほぼ重なるため、脱退一時金の退職所得控除が減り、最低額の80万円まで下がることがあります。
ただし同条2項により、前の退職金の額がその退職金の控除額に満たなかったときは、重複期間は「前の退職金の額÷40万円」年分(端数切捨て)に限って数えます。退職金が30万円程度であれば重複期間は0年となり、控除は減りません。退職金の額が大きい社員ほど、脱退一時金の還付が一部にとどまる可能性がある、ということです。
5年加入・平均30万円の例で、前の退職金との重複により控除が80万円まで下がったと仮定すると、退職所得は(164万7,000円-80万円)×1/2で42万3,500円となり、所得税と復興特別所得税を合わせて約2.2万円の税額が残ります。この場合の還付額は約31万円です(筆者試算)。
退職金と脱退一時金を同じ年に受け取った場合の合算の方法、退職金を出国後に非居住者として受け取った場合の扱いは、支払の時期と金額で計算が変わります。個別の事情で判断が変わるため、該当する社員がいる場合は、所轄の税務署または税理士に確認してください(公式資料では未確認)。
申告できる時期と期限
所得税法173条1項は、申告書を「その年の翌年1月1日(同日前に退職手当等の総額が確定した場合には、その確定した日)以後」に提出できると定めています。脱退一時金は一度に支払われるため、支給決定を受けて支払われた後であれば、その年のうちでも申告できる、というのが一般的な取扱いです。実務では、支給決定通知書が本人に届き、その原本が納税管理人の手元に来た時点で申告する流れになります。
還付金を請求できる期間は、国税通則法74条により、請求できる日から5年です。期限に余裕はありますが、帰国から時間が経つほど本人との連絡や通知書の郵送が難しくなるため、実務上は受取り後すみやかに出すのが安全です。
申告書の提出先は、日本国内の最終の住所地または居所地を管轄する税務署です。会社の所在地ではなく、本人が最後に住んでいた場所で決まるため、社宅から転居した社員などは住民票の除票の住所で管轄を確認してください。管轄の税務署は国税庁ホームページの「税務署の所在地などを知りたい方」で住所から調べられます。
納税管理人とは|出国前に届出書を出しておく
納税管理人とは、国内に住所を持たない納税者に代わって、申告書の提出や税務署からの書類の受取り、還付金の受取りを行う人を指します(国税通則法117条)。日本年金機構の案内は、納税管理人の資格について「日本に住所地又は居所地を有すること以外に特にありません」としています。知人、同僚、勤務先の担当者のほか、税理士に依頼することもできます。
届出書は「所得税・消費税の納税管理人の届出書」で、国税庁ホームページに様式があります。書く内容は、納税者本人の氏名・国外の住所、納税管理人の氏名・住所・本人との関係などで、難しい記載はありません。国税通則法117条2項は「あらかじめ」届け出ることを求めており、日本年金機構の案内も帰国前の提出を前提にしています。出国後に申告書と同時に出す方法も認められていますが、その場合は本人の署名をもらうために書類を国際郵便でやり取りする手間が増えます。
納税管理人を引き受ける側が理解しておくべき点もあります。還付金は納税管理人の国内口座に振り込まれることが多く、その後の海外送金の手数料や為替の扱いを誰が負担するか、事前に本人と決めておかないと、トラブルの原因になります。また、報酬を受け取って他人の申告書を作成・提出することは税理士の業務です(税理士法2条・52条)。会社の担当者が無償で手伝う範囲にとどめるか、税理士に依頼するかは、社内で方針を決めておくのがよいと筆者は考えます。
出国前に会社が準備できる書類
退職から出国までの間に、会社が本人と一緒に準備しておくと手続が止まりにくい書類は次のとおりです。
- 所得税・消費税の納税管理人の届出書(本人署名済み。出国前に最終住所地の税務署へ提出)
- 脱退一時金請求書(国民年金/厚生年金保険)。住民票の転出予定日以降に日本年金機構へ届くよう送れば、出国前でも提出できる
- パスポートの写し(氏名・生年月日・国籍・署名・在留資格が確認できるページ)
- 本人名義の口座を確認できる書類(銀行発行の証明書等)
- 基礎年金番号通知書または年金手帳
- 本人の帰国後の住所・メールアドレス・電話番号(納税管理人との連絡用)
脱退一時金の請求書は、日本年金機構が請求書を受理した日に本人が日本に住所を有していないことが支給要件です。出国前に出す場合は、市区町村に転出届を出したうえで、転出予定日以降に届くように郵送します。転出届を出していれば住民票の除票の写しの添付は不要です。「脱退一時金 裁定請求書」という名前で検索されることがありますが、正式な書類名は「脱退一時金請求書」です。
会社に在籍した期間が5年を超える社員や、日本との年金通算協定がある国の出身者は、脱退一時金を請求すると日本の加入期間がすべて消えることにも触れておく必要があります。請求するかどうかの判断は外国人の脱退一時金とは?上限8年への改正はいつから・再入国許可中の請求制限と外国人社員が退職・解雇したら?企業に必要な届出と手続きを解説を参考に、退職面談の段階で本人に考えてもらってください。
技能実習を終えて帰国し、その後特定技能で再来日する予定の人は、日本年金機構の案内にあるとおり、帰国のたびに請求すればそれぞれの加入期間に応じた脱退一時金を受け取れます。その場合、還付の申告も帰国のたびに必要になり、納税管理人の届出もその都度確認することになります。両制度の関係は技能実習と特定技能の違いとは?で整理しています。
帰国後の流れ
帰国後の流れは、次の順で進みます。
- 本人(または出国前)が脱退一時金請求書を日本年金機構へ提出する
- 審査を経て脱退一時金が送金され、同時に「脱退一時金支給決定通知書」が本人に届く
- 本人が通知書の原本を納税管理人へ郵送する
- 納税管理人が退職所得の選択課税による還付のための申告書を作成し、最終住所地の税務署へ提出する(納税管理人の届出書が未提出ならここで同時に出す)
- 税務署が還付金を振り込み、納税管理人が本人に送金する
止まりやすいのは3の段階です。通知書は本人の国外住所に届くため、本人が原本の重要性を知らずに捨ててしまう、あるいは郵送を先延ばしにするケースが起こり得ます。出国前の面談で、写真やスキャンでは足りず原本を送る必要があることを、本人の母語の資料で伝えておくと安全です。日本年金機構の請求書は英語・中国語・韓国語・ベトナム語など多言語で用意されており、どの版にも所得税の注意事項が載っています。
住民税はかからない
脱退一時金には住民税はかかりません。住民税は1月1日時点で日本に住所がある人に課税される税金で、脱退一時金を受け取るのは日本に住所がなくなった後だからです。帰国時の住民税で問題になるのは、在職中の給与に対する前年分・当年度分の残りで、こちらは退職時の一括徴収と納税管理人で対応します。流れは外国人の住民税は帰国後どうなる?退職時の一括徴収と納税管理人【計算例つき】で解説しています。
よくある質問
脱退一時金と退職金は両方もらえますか?
両方受け取れます。脱退一時金は日本の公的年金から、退職金は会社の退職金規程に基づいて支払われるもので、制度が別です。ただし税金の計算では、前年以前4年内に受け取った退職金と勤続期間が重なると、脱退一時金の還付額が減ることがあります。
国民年金の脱退一時金も確定申告が必要ですか?
不要です。国民年金の脱退一時金は源泉徴収されないため、還付を受ける手続もありません。確定申告が問題になるのは、厚生年金保険(共済組合を含む)の脱退一時金を受け取った人です。
納税管理人の届出をしないまま帰国してしまいました。還付は受けられますか?
受けられます。日本年金機構の案内は、届出書を出さずに帰国した場合は、申告時に申告書と一緒に提出するよう求めています。日本に住む知人などに納税管理人を引き受けてもらい、届出書と申告書を同時に最終住所地の税務署へ出します。
還付の申告はいつまでにすればよいですか?
還付金を請求できる期間は、請求できる日から5年です(国税通則法74条)。脱退一時金の請求自体は日本に住所がなくなった日から2年以内という期限があるため、先に脱退一時金の請求期限に注意してください。
税金を差し引かれた後の手取りはいくらになりますか?
支給時点の手取りは、脱退一時金の額の79.58%です。加入4年・平均標準報酬額28万円の例では、額面1,229,760円に対し、源泉徴収251,116円を引いた978,644円が送金されます。選択課税の申告をすれば、差し引かれた251,116円も後から戻ります。
退職面談の議題に「納税管理人」を入れておく
脱退一時金の還付は、制度として難しいものではありません。止まる原因は、本人が帰国した後に日本側で動く人がいないこと、通知書の原本が日本に戻ってこないことの2つにほぼ集約されます。どちらも、出国前に納税管理人を決めて届出書を出し、通知書の扱いを説明しておけば防げます。
会社にとっては、社会保険の資格喪失、住民税の一括徴収、入管への届出と同じ日に片づけられる手続です。退職時のチェックリストに「脱退一時金の請求の意思確認」「納税管理人の決定と届出書の提出」の2行を加えておくことを勧めます。退職金を支払う社員については、脱退一時金の還付額が減る可能性があるため、支払時期も含めて税理士に相談しておくと、本人への説明に食い違いが出ません。
根拠資料
- 脱退一時金請求書 English/英語(日本年金機構・2026年3月現在)
- 短期在留外国人の脱退一時金(日本年金機構)
- 退職所得の選択課税の記載例(国税庁)
- 所得税法(e-Gov法令検索)30条・31条・161条・171条・173条
- 所得税法施行令(e-Gov法令検索)69条・70条
- 国税通則法(e-Gov法令検索)74条・117条
- No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)(国税庁)
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