外国人社員が帰国時に公的年金の脱退一時金を受け取るべきかは、「もう一度日本で働く予定があるか」と「母国と日本の間に年金期間を通算する社会保障協定があるか」の2点でほぼ決まります。どちらも当てはまらない人は受け取るのが通常です。どちらかに当てはまる人は、受け取った時点で日本の加入期間がすべて消えるため、将来の老齢年金を失うことがあります。この記事では、会社の人事担当者が退職面談で説明できるよう、判断の分かれ目と試算を示します。
なお、ここで扱うのは国民年金・厚生年金保険という公的年金の脱退一時金です。企業年金(確定給付企業年金や企業型確定拠出年金)にも同じ名前の給付がありますが、別の制度で、要件も税金も異なります。
受け取ると何が起きるか|加入期間がゼロに戻る
ここでいう脱退一時金とは、日本の公的年金に6か月以上加入した外国籍の人が、老齢年金の受給資格を得ないまま日本に住所がなくなったときに、払った保険料の一部を一時金として受け取れる制度を指します。請求できるのは、日本に住所がなくなった日から2年以内です。要件と計算方法の全体は外国人の脱退一時金とは?上限8年への改正はいつから・再入国許可中の請求制限で解説しています。
受け取るかどうかを考えるうえで押さえるべき事実は1つです。日本年金機構は請求時の注意点として、脱退一時金を受け取ると、請求以前のすべての期間が年金加入期間ではなくなると説明しています。厚生年金で5年働いた人が受け取れば、その5年は、年金の記録上「加入していなかった期間」として扱われます。一度受け取ると取り消すことはできません。
加入期間が消えると困るのは、日本の老齢年金に受給資格期間10年という条件があるからです。2017年8月1日に25年から10年に短縮されたこの条件は、保険料を納めた期間、免除を受けた期間、合算対象期間を足して判定します。脱退一時金を受け取った期間はこの10年に数えられないため、再来日して働いても、その時点から数え直しになります。
もう1つ、脱退一時金には計算の上限があります。現在は加入期間60か月(5年)が上限で、それを超えて働いた分は一時金の額に反映されません。2025年6月20日公布の年金制度改正法で上限を8年に引き上げることが決まりましたが、施行日は「公布から4年以内の政令で定める日」で、2026年9月29日時点ではまだ決まっていません。日本年金機構の制度ページも上限を60か月のまま掲載しています。
受け取ってよい人・慎重に考えるべき人
判断の材料を整理すると、次の4つのケースに分かれます。
| ケース | 判断の目安 |
|---|---|
| 再来日の予定がなく、母国と通算協定もない | 受け取るのが通常。請求期限の2年を過ぎないようにする |
| 再び日本で働く予定がある | 受け取ると10年の数え直しになる。合計で10年に届く見込みがあれば受け取らない選択肢がある |
| 母国と日本の間に期間を通算する社会保障協定がある | 母国の期間と合わせて日本の老齢年金を受け取れる可能性がある。受け取ると通算に使える期間が消える |
| 永住や長期の在留を考えている | 一時的な出国で受け取ると、日本での老後の年金額が減る。2026年8月公表の永住ガイドライン改定案との関係にも注意 |
加入期間が10年以上ある人は、そもそも脱退一時金を請求できません(国民年金法附則9条の3の2、厚生年金保険法附則29条)。この場合は選択の問題ではなく、65歳から日本の老齢年金を海外で受け取る側に回ります。その手続は年金加入10年以上の外国人が帰国したら|脱退一時金は対象外、65歳から海外で年金受給で扱っています。
再来日の予定がある社員|技能実習・特定技能・育成就労の組合せ
再来日で問題になりやすいのは、技能実習や特定技能で働いた人が一度帰国し、別の在留資格で戻ってくる場合です。
技能実習(最長5年)を終えて帰国し、脱退一時金を受け取ってから特定技能1号(通算5年)で戻ってきた人は、2回目の来日の期間だけで10年を数えることになります。特定技能1号だけでは5年で終わるため、特定技能2号に移るか、他の就労資格に変わって長く働かない限り、10年には届きません。この場合、結局は2回目の帰国時にも脱退一時金を受け取ることになり、1回目で受け取っても不利にはなりにくい、というのが実際のところです。
判断が変わるのは、2回目の来日で長く働く見込みが具体的にある人です。たとえば特定技能2号への移行を目指している人、日本の会社から技術・人文知識・国際業務での採用内定を得て戻る予定の人は、1回目の期間を残しておけば10年に届く時期が早まります。
2027年4月1日に始まる育成就労制度では、「育成就労3年+特定技能1号5年」の計8年、日本に滞在する働き方が想定されています。厚生労働省の年金部会資料(2024年11月15日)が脱退一時金の上限を8年に引き上げる理由として挙げたのも、この点でした。8年滞在した人は10年まであと2年です。帰国後に再び来日する可能性があるなら、8年分の期間を一時金に変えてしまうかどうかは、慎重に考える価値があります。
2025年の改正では、再入国許可(みなし再入国許可を含む)を持って出国した人には、許可の有効期間内は脱退一時金を支給しないことも決まりました。施行日は上限8年と同じく政令待ちです。施行後は、日本に戻る前提で出国した人が、出国中に一時金を受け取って加入期間を失う、という事態が制度の側で防がれることになります。現行制度では、転出届を出して再入国許可を受けた人は請求できると日本年金機構は説明しています。
通算協定国の社員|受け取らないほうが有利なことがある
社会保障協定とは、2つの国で年金に二重に加入する負担をなくし、あわせて両国の加入期間を合算して受給資格を判定できるようにする国家間の取決めを指します。日本は2026年6月2日現在、24か国と協定を発効させていますが、このうち英国、韓国、中国、イタリアとの協定は二重加入の防止だけを定めており、期間の通算はできません。
期間を通算できるのは、ドイツ、米国、ベルギー、フランス、カナダ、オーストラリア、オランダ、チェコ、スペイン、アイルランド、ブラジル、スイス、ハンガリー、インド、ルクセンブルク、フィリピン、スロバキア、フィンランド、スウェーデン、オーストリアの20か国です。外国人社員の出身国として多い国では、フィリピン、ブラジル、インドがここに入ります。反対に、ベトナム、インドネシア、ネパール、ミャンマーとの協定はなく、通算を理由に受け取らない選択をする余地はありません。
通算できる国の人は、日本の加入期間が10年に満たなくても、母国の加入期間と合わせて10年以上になれば、日本の加入期間に応じた老齢年金を日本から受け取れる可能性があります。日本年金機構も、請求時の注意点として、協定を結んでいる国の加入期間がある人は、協定相手国と日本の年金を受け取れる可能性があると明記しています。脱退一時金を受け取ると、日本の期間は通算に使えなくなります。
受け取れる年金の額は日本での加入期間に比例するため、短い期間なら額も小さくなります。それでも65歳から生涯支払われる年金と、一度きりの一時金とでは、長く生きるほど差が開きます。次の章で数字を並べます。
試算|7年働いたフィリピン人エンジニアの場合
平均標準報酬額(賞与を含めた月給の平均)30万円で、厚生年金に7年(84か月)加入したフィリピン国籍の社員が帰国する場合を考えます。母国の年金(SSS)にも加入期間があり、日本の期間と合わせて10年以上になる前提です。年金額は令和8年度の水準で、再評価や物価の変動を除いた概算です(筆者試算)。
| 選択 | 受け取る額 |
|---|---|
| 脱退一時金を受け取る | 30万円×0.183×1/2×60=164万7,000円(上限60か月で計算。源泉20.42%は確定申告で還付の対象) |
| 受け取らず、通算で日本の老齢年金を受ける | 老齢基礎年金 847,296円×84/480≒14万8,277円+老齢厚生年金 30万円×5.481/1000×84≒13万8,121円=年額約28万6,000円(65歳から) |
年額約28万6,000円を65歳から受け取ると、約5年9か月で脱退一時金の額に並び、それより長く受け取れば年金のほうが多くなります。7年のうち5年分しか計算されない現在の上限も、年金の側には関係がありません。
同じ社員が帰国せず、あと3年日本で働いて10年に届いた場合は、年額約41万円(老齢基礎年金約21万2,000円+老齢厚生年金約19万7,000円)となり、通算協定がない国の人でも日本の年金を受け取れます。9年台で帰国を考えている社員の説明は、この比較から始めると伝わりやすくなります。
どちらが有利かは、本人の年齢、健康状態、65歳までに日本円の価値や母国の物価がどう動くか、そして協定の通算の細かな条件によって変わります。個別の事情で判断が変わるため、会社は数字を示すところまでにとどめ、最終的な選択は本人に委ねるのが適切です。
永住を考えている社員|年金見込額と「一時帰国」の落とし穴
永住を目指している人が脱退一時金を受け取るのは、主に長期の海外赴任や家族の事情で一度日本を離れる場面です。現行制度では、転出届を出して再入国許可で出国すれば請求できるため、「戻る予定だが、とりあえず受け取っておく」という選択が起こり得ます。
永住許可に関するガイドラインは、公的年金の保険料を適正に納めていることを求め、申請時には直近2年分の納付状況が分かる資料を出します。脱退一時金を受け取ったこと自体を消極的に評価するという記載は、現行のガイドラインにはありません。
ただし、2026年8月4日に公表されたガイドライン改定案では、独立生計要件の考慮要素に将来受給できる年金の見込額を加える方向が示されました。改定案がこの形で確定すれば、脱退一時金で過去の期間を消した人は、年金見込額が小さく算定されることになります。確定内容と適用時期は現時点で公式資料では確定していません。申請前に出入国在留管理庁または所轄官庁の公式案内をご確認ください。永住の要件全体は【2026年10月改定】永住許可の要件厳格化で何が変わる?で扱っています。
海外に出る期間そのものにも注意が要ります。出国期間が長いと在留の継続性の評価に影響し、みなし再入国許可は出国から1年(在留期限が先に来る場合はその日まで)を過ぎると在留資格を失います。出国期間と在留資格の関係は再入国許可とみなし再入国許可の違いで説明しています。
受け取る場合に損をしないための注意点
受け取ると決めた人にも、手続の段階で差が出る点があります。
1つは所得税です。厚生年金の脱退一時金は支給の際に20.42%が源泉徴収されますが、帰国前に納税管理人を届け出て、翌年以降に「退職所得の選択課税による還付のための申告書」を出せば、多くの場合は全額近くが戻ります。上の試算の164万7,000円なら、源泉される約33万6,000円が還付の対象です。国民年金の脱退一時金には源泉徴収はありません。
2つ目は請求期限です。日本に住所がなくなった日から2年を過ぎると請求できません。帰国後の生活が落ち着いてからと考えているうちに期限を過ぎる例を避けるため、退職時に期限の日付を本人に書面で渡しておくのが確実です。
3つ目は、国民年金と厚生年金の期間が合算されない点です。脱退一時金は制度ごとに計算され、留学生時代の国民年金5か月と就職後の厚生年金5か月を合わせて6か月以上にすることはできません。
よくある質問
脱退一時金は必ずもらうべきですか?
必ず受け取る必要はありません。再来日の予定がなく、母国と通算協定もない人は受け取るのが通常ですが、日本で再び働く予定がある人や、フィリピン・ブラジル・インドなど期間を通算できる国の人は、受け取らないほうが将来の年金で有利になることがあります。受け取らずに2年が過ぎると、一時金を請求する権利はなくなります。
脱退一時金を受け取るとどうなりますか?
請求以前の日本の年金加入期間が、すべて加入していなかった期間として扱われます。再来日した場合は老齢年金の受給資格期間10年をゼロから数え直し、通算協定国の人は日本の期間を母国の年金の受給資格に合算できなくなります。
脱退一時金と退職金は両方もらえますか?
両方受け取れます。脱退一時金は公的年金の給付で、会社の退職金とは別の制度です。ただし税金の計算では、どちらも退職所得として扱われる場合があり、同じ年や近い年に両方を受け取ると退職所得控除の計算が調整されることがあります。同一年に受け取る場合の扱いは(公式資料では未確認)として、税務署に確認してください。
外国人の脱退一時金の上限が8年になるのはいつからですか?
2025年6月20日公布の法律で決まりましたが、施行日は公布から4年以内に政令で定める日とされ、2026年9月29日時点では決まっていません。インターネット上の「2026年4月から」という記載は、一次資料では確認できません。
会社が脱退一時金の請求を代わりに行ってもよいですか?
請求は本人が日本年金機構に行う手続で、会社が本人に代わって受け取る仕組みはありません。会社ができるのは、加入期間の確認方法、請求期限、通算協定の有無を伝え、請求書の入手先を案内することです。社会保険料の納付状況が本人の在留に影響する点は社会保険料の滞納は在留資格の更新に影響する?で扱っています。
退職面談で確認する3つの問い
脱退一時金の判断は、年金の知識よりも本人の今後の計画で決まります。退職面談では、制度の説明から入るより、次の3つを先に尋ねるほうが話が早く進みます。日本にまた働きに来るつもりがあるか。母国で年金に入っていたか、今後入る予定があるか。日本での加入期間は、年金の記録上ちょうど何か月あるか。
1つ目と2つ目のどちらかが「はい」なら、受け取る前に試算をする価値があります。3つ目は、ねんきん定期便や「ねんきんネット」で正確な月数を確かめます。9年台の人なら退職日を数か月ずらすだけで10年に届くことがあり、その差は65歳からの年金の有無として現れます。
筆者は、会社がこの3つの問いを退職手続の書式に入れておくことを勧めます。脱退一時金は取り消せない選択で、本人が母国に戻った後では相談の機会がなくなるからです。
根拠資料
- 脱退一時金を請求するにあたって、どのような点に注意すればよいですか。(日本年金機構・2021年4月1日更新)
- 脱退一時金の制度(日本年金機構・2026年4月1日更新)
- 令和8年4月分からの年金額等について(日本年金機構)
- 協定を結んでいる国との協定発効時期および対象となる社会保障制度(日本年金機構・2025年10月27日更新)
- 年金制度改正法の主な改正内容(厚生労働省)
- 脱退一時金について(厚生労働省・第20回社会保障審議会年金部会 資料2・2024年11月15日)
- 永住許可に関するガイドライン(令和8年2月24日改訂)(出入国在留管理庁)
- 永住許可に関するガイドライン改定(案)(概要)(e-Govパブリック・コメント・2026年8月)
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