ここでいう育成就労の転籍とは、2027年4月に施行が予定されている育成就労制度のもとで、外国人材が本人の希望により受入れ先を変えることを指します。技能実習より早期・柔軟な転籍が認められる方向で制度設計が進んでおり、「育てた人材が他社へ移る」という事態が、これまでより現実味を帯びてきます。
採用・教育に時間とコストをかけた直後に、より条件のいい都市部の企業へ転籍される。そうしたケースが今後は増える可能性があります。転籍そのものは、外国人本人にとってはまっとうな権利保障であり、制度としては前向きな変化です。一方で、受入れ企業側からすれば人材流出のリスクとして向き合わざるを得ない論点でもあります。
この記事では、育成就労で緩和される転籍要件の方向性と、受入れ企業が今から取るべき現実的な対策を整理します。
この記事でわかること
- 育成就労で転籍要件が緩和される方向性
- 技能実習との転籍ルールの違い
- 受入れ企業にとっての人材流出リスク
- 待遇改善・定着支援など今から取れる対策
検索需要の大きさと実務上の重要度は別問題である
「育成就労 転籍」というテーマ単体の検索需要は、正直なところそれほど大きくありません。しかし、実際に育成就労での受入れを検討している企業の担当者からは、転籍の話が真っ先に出てきます。理由は単純です。技能実習では起きなかった「育てた人材が抜ける」というリスクが、初めて現実的な経営課題として浮上するからです。
検索ボリュームの大きさと実務上の重要度は、必ずしも一致しません。むしろ、まだ多くの企業が調べ始めたばかりのテーマだからこそ、今のうちに理解しておく価値があります。このテーマを、検索需要の大小にかかわらず実務的に解説する理由はここにあります。
もうひとつ押さえておきたいのは、このテーマが制度稼働後に慌てて対応しても手遅れになりやすい性質を持っている点です。転籍そのものは施行後に初めて起こる事象ですが、それに備える定着施策は、今の受入れからすでに積み上げていくものです。制度が始まってから考える、という進め方では対策が後手に回ります。
育成就労の転籍とは
育成就労制度の全体像については育成就労制度とはで解説していますが、この記事では「転籍」に絞って詳しく見ていきます。
転籍とは、外国人材が最初に受け入れられた企業から、別の企業へと働く場所を移すことです。技能実習では、この転籍が原則として認められていませんでした。実習先を変えられるのは、実習実施者の倒産や、労働関係法令違反があった場合など、やむを得ない事情がある場合に限られていたためです。実習生は、職場に不満があっても、基本的にはそこに留まるしかありませんでした。
育成就労では、この考え方が大きく変わります。一定の在籍期間を満たし、技能・日本語能力について一定水準を満たしていれば、本人の希望による転籍が認められる方向で検討が進んでいます。「やむを得ない事情」がなくても、「もっと条件のいい会社で働きたい」という理由で転籍できるようになる可能性がある、ということです。
これは日本人労働者の転職に近い感覚だと捉えると理解しやすくなります。日本人であれば、条件のいい会社があればそちらに移るのは当然の選択肢です。技能実習生には、この当然の選択肢がほとんど与えられていませんでした。育成就労は、この不均衡を是正しようとする制度だと捉えると、受入れ企業側の心構えも定まりやすくなります。
技能実習との転籍ルールの違い
| 技能実習 | 育成就労(施行予定) | |
|---|---|---|
| 転籍の基本ルール | 原則不可 | 一定要件を満たせば本人希望でも可能になる方向 |
| 認められる主な理由 | 実習実施者の倒産・法令違反等のやむを得ない事情 | やむを得ない事情に加え、一定期間経過後の本人希望 |
| 受入れ企業の対応 | 転籍前提の人繰りはほぼ不要だった | 転籍を前提とした定着施策が必要になる |
ここで押さえておきたいのは、転籍要件の緩和が「本人の意思を尊重する」という理念のもとに進められているという点です。倫理の問題として語られているだけではなく、技能実習制度では失踪や労働問題が繰り返し起きてきたという構造的な背景があり、その反省から生まれた設計です。この流れを止めることはできませんし、止めるべきものでもありません。企業側は、この前提の上でどう振る舞うかを考えるしかない立場にあります。
技能実習生の失踪者数は、制度が始まって以来、繰り返し社会問題として取り上げられてきました。失踪の背景には、職場に強い不満があっても転籍という正規のルートで解決できなかった、という構造的な事情も指摘されています。転籍を緩和することは、失踪という最悪の形での人材流出を減らすことにもつながるという見方ができます。企業にとっては悩ましい変化ですが、正規の転籍ルートが整うこと自体は、無断での失踪リスクを下げる方向に働く可能性もあります。
転籍にはどんな要件が課される見込みか
現時点で報道・検討されている内容によると、育成就労での転籍には、大まかに次のような条件が課される方向で議論されています。検討段階の情報であり、正式な要件は省令等で確定するため、断定的な数字はここでは示しません。
- 一定期間、同一の受入れ機関で就労していること(分野によって期間の目安が異なる方向で検討)
- 技能検定試験や日本語能力試験について、一定の水準を満たしていること
- 転籍先が同一分野内であること(異なる分野への転籍は原則想定されていない)
- 転籍にあたって監理支援機関等が一定の関与・確認を行う仕組みが設けられる方向
ここで押さえておきたいのは、「無条件でいつでも転籍できる」わけではない、という点です。一定の在籍期間や能力水準というハードルは残る見込みなので、受入れ直後にすぐ転籍が相次ぐという極端な事態は想定しにくいです。ただし、そのハードルを越えた後は、企業側が引き留める手段が乏しくなる、というのが実務上の焦点になります。
受入れ企業にとっての人材流出リスク
転籍要件が緩和されると、受入れ企業には具体的にどんなリスクが出てくるのか。整理すると次のようになります。
- 採用・入国手続き・初期教育にかけたコストを回収する前に離職されるリスク
- 地方の中小企業から、待遇のいい都市部の企業へ人材が流れやすくなるリスク
- 「育成すればするほど転籍されやすくなる」という、育成側の意欲が削がれかねない構造
- 人繰りの見通しが立てにくくなり、事業計画そのものに影響が出るリスク
特に3つ目は皮肉な構造です。技能と日本語をしっかり身につけさせるほど、本人は転籍先の選択肢が広がるため、育成に真面目に取り組んだ会社ほど人材を失いやすい、という事態になりかねません。これは制度の欠陥というより、「人を囲い込むことを前提にした受入れをしてはいけない」というメッセージだと受け止めたほうが実務的です。育成した人材にそのまま残ってもらうための努力を、企業側が積み重ねるしかありません。
地方の中小企業ほど影響を受けやすい理由
転籍要件の緩和は、全国一律に同じ影響を与えるわけではありません。特に懸念されているのが、地方の中小企業から都市部の企業への人材流出です。理由はいくつかあります。
- 都市部のほうが給与水準が高い傾向にあり、単純な収入面での差が出やすい
- 都市部には同じ国出身のコミュニティが形成されやすく、生活面での安心感につながる
- 交通の便や娯楽・買い物の選択肢が多く、生活の満足度に差が出やすい
- 情報が集まりやすく、他社の待遇や転籍の手続きについての情報を得やすい
給与水準を都市部並みに引き上げることは、地方の中小企業にとって簡単ではありません。しかし、給与以外の部分、たとえば住環境の快適さや、生活相談の手厚さ、地域コミュニティとのつながりづくりといった要素で差を埋める余地は十分にあります。給与だけで勝負しようとせず、総合的な「働きやすさ」で選ばれる会社を目指すことが、地方企業にとっては現実的な戦略になります。
受入れ企業が今から取るべき対策
検索需要としては大きなテーマではありませんが、実際に育成就労の受入れを検討している企業にとっては切実な問題です。一般論で終わらせず、実務的に取れる対策を挙げます。
①同業他社との待遇比較を今のうちにやっておく
給与水準・時間外労働の実態・住環境(寮の広さや設備)を、同業種・同地域の他社と比べて把握しておく。転籍されるとしたら「どこに負けているのか」を先に知っておくことが対策の出発点になります。
②キャリアパスを明示する
「3年後にどうなるのか」「特定技能に移行したらどんな待遇になるのか」を、本人にとって具体的にイメージできる形で提示する。将来像が見えない職場は、それだけで転籍の動機になり得ます。
③生活面のサポートを手厚くする
日本語学習の支援、生活相談窓口、地域とのつながりづくりなど、仕事以外の部分での安心感を作る。待遇だけでなく「ここで暮らしていける」という実感が定着に直結します。
④コミュニケーションの機会を増やす
不満や困りごとを転籍という形でしか表現できない状況を作らないこと。定期的な面談で早めに不満の芽を拾えれば、転籍を考える前に手を打てます。
⑤監理支援機関・登録支援機関との連携を強化する
受入れ企業単独では気づけない制度上の注意点や、他社の定着事例を、支援機関から積極的に引き出しておく。委託先選びの視点は登録支援機関の要件はどう変わるも参考になります。
①の待遇比較を後回しにしている企業は少なくありません。「自社のやり方でやってきた」という感覚のまま外部との比較をせずに受入れを続けていると、転籍要件が緩和された瞬間に足元をすくわれることになります。自社の待遇が客観的にどの位置にあるのかを知る。対策はそこからしか始まりません。
②のキャリアパスについても、後回しにされがちな項目です。技能実習では「実習期間が終わったら基本的に帰国」という前提があったため、キャリアパスをあえて示さない企業も多くありました。しかし育成就労では、修了後に特定技能へ移行して長く働き続けてもらうことが前提になります。「この会社で何年働けば、どんな仕事を任せてもらえて、どのくらいの待遇になるのか」を本人が具体的にイメージできる形で示せるかどうかが、これからは採用力の差になってきます。
転籍が発生した場合の実務対応
対策を尽くしても、転籍希望が出てくることはあり得ます。そのときに慌てないよう、企業側で押さえておきたい実務上のポイントを整理しておきます。感情的に反応する前に、まず落ち着いて手順を踏むことが、結果的にトラブルを最小限に抑えます。
①感情的な引き留めは避ける
転籍を申し出た本人に対して、強い引き留めや心理的な圧力をかけることは避けたほうがいいです。トラブルに発展すれば、行政指導や企業イメージの悪化につながりかねません。
②監理支援機関を通じた手続きを確実に踏む
転籍には監理支援機関等の関与が想定されているため、独自の判断で引き留めや妨害をせず、決められた手続きに沿って対応する。
③離職理由の記録と社内での共有
なぜ転籍を選んだのか、可能な範囲でヒアリングし、待遇や職場環境の改善点として社内にフィードバックする。同じ理由での転籍が繰り返されるようなら、根本的な見直しが必要です。
④次の受入れに向けた採用計画の見直し
転籍によって欠員が出た場合の人繰りを、事前にある程度想定しておく。育成就労の受入れは一定のリードタイムがかかるため、欠員が出てから動き出すと現場の負担が大きくなります。
ここで大事なのは、転籍を「裏切り」として捉えないことです。経営者として複雑な感情が生まれるのは自然なことですが、制度としてそういう仕組みになった以上、感情論で対応しても状況は変わりません。転籍が出た事実を「自社の待遇や環境を見直すきっかけ」として活用したほうが、次の受入れにつながります。
「囲い込み」の発想では通用しない
ここまで読んで、「転籍させないための抜け道はないか」と考える経営者もいるかもしれません。しかし、その発想は今回はうまく機能しません。制度の趣旨自体が、本人の意思を尊重する方向に大きく舵を切っているため、書面上の工夫で転籍を封じようとすると、かえって行政からの指導対象になったり、企業としての評判を落としたりするリスクのほうが大きくなります。
それよりも、「転籍したいと思われない会社」を作るほうが、遠回りに見えて実は近道です。契約書に転籍を禁じる条項をいくら盛り込んでも、法令に反する内容であれば効力を持ちません。労働条件を明確にする契約書自体は必要ですが、そこに転籍封じの意図を入れることと、正当な労務管理をすることはまったく別の話だと理解しておく必要があります。当事務所の関連ブログ記事でも、外国人材の定着支援の実務事例について詳しく取り上げています。関連するコラム一覧興味のある方はあわせてご覧ください。
人材流出のコストを具体的に考える
転籍対策を後回しにしがちな理由のひとつは、「流出したときのコスト」が漠然としか意識されていないからです。ここで一度、何が失われるのかを具体的に整理しておきます。
- 海外からの呼び寄せにかかった渡航費・手数料・書類作成費用
- 入国後の生活立ち上げ支援(住居手配、行政手続き同行等)にかけた時間
- 現場でのOJTや教育担当者が費やした時間
- 欠員が出たことによる、他の従業員への業務のしわ寄せ
- 次の人材を確保するまでのタイムラグと、その間の生産性低下
こうして並べてみると、転籍による離脱は単なる「1人減った」という話では済まないことがわかります。育成に真面目に投資した企業ほど、失うものが大きいという構図です。だからこそ、待遇改善やコミュニケーション強化にかけるコストは、「流出したときに失うコスト」と比較して考えるほうが、経営判断としては合理的です。
自治体や関係団体の支援策も活用する
定着支援の取り組みを、すべて自社の予算だけでまかなおうとする必要はありません。自治体によっては、外国人材の生活支援や日本語学習支援に対する補助金・助成制度を設けているところもあります。業界団体や監理支援機関が、複数企業合同での交流イベントや相談窓口を提供している場合もあります。
特に中小企業にとっては、単独で生活相談窓口を整えたり日本語教室を運営したりするのは負担が大きいものです。地域の国際交流協会や商工会議所、業界団体が提供している支援メニューを積極的に活用したほうが、コストを抑えながら定着施策の質を上げられます。自社だけで抱え込まないという発想も、育成就労時代の受入れ戦略として重要な視点です。
受入れ準備の全体像を押さえておく
転籍対策は、育成就労の受入れ全体の準備の中の一部にすぎません。育成就労計画の認定申請、監理支援機関の選定、待遇制度の設計など、やるべきことは他にもたくさんあります。制度全体の概要と企業がやるべき準備については育成就労制度とはで整理しているので、まだ読んでいない方はあわせて確認してください。
よくある質問
Q. 育成就労では、どんな場合に転籍できるようになるのですか?
一定の在籍期間や技能・日本語能力の要件を満たした場合に、本人の希望による転籍が認められる方向で制度設計が進んでいます。具体的な期間や条件は正式な省令・運用要領で確定する見込みです。
Q. 転籍が緩和されると、受入れ企業にとって何が困るのですか?
採用・教育にかけた時間とコストを回収する前に人材が離脱するリスクが高まる点です。特に地方や中小企業では、より条件のよい都市部の企業に転籍されてしまう懸念が指摘されています。
Q. 人材流出を防ぐために、まず何から手をつければいいですか?
まずは同業他社と比較した待遇の実態を把握することです。給与・労働時間・住環境のどこに差があるかを客観的に確認したうえで、優先順位をつけて改善するのが現実的な進め方です。
Q. 転籍を希望されたら、企業として拒否できますか?
要件を満たした正当な転籍を一方的に拒否することは想定されていません。強い引き留めや妨害は行政指導の対象になり得るため、決められた手続きに沿って対応することが求められます。
定着状況を数字で把握する仕組みを作る
対策を打っても、それが効果を上げているかどうかを感覚だけで判断するのは危険です。せめて次のような指標だけでも、定期的に振り返る仕組みを作っておくべきです。
| 指標 | 見るべきポイント |
|---|---|
| 在籍継続率 | 受入れから一定期間経過時点での在籍者の割合。同業他社と比較できるとなお良い |
| 定期面談での不満の傾向 | 給与・労働時間・人間関係・生活面のどこに不満が集中しているか |
| 日本語能力の伸び | 育成計画どおりに能力が向上しているか。伸び悩みは早期の転籍希望の兆候になり得る |
特に定期面談は、コストをかけずに始められる対策です。月1回、あるいは四半期に1回でも、決まった形式で本人の状況をヒアリングする仕組みを作っておくだけで、不満が転籍という形で表面化する前に手を打てる可能性が高まります。感覚ではなく、記録として残しておくことが大事です。
まとめ
育成就労で転籍要件が緩和されるのは、外国人本人の意思を尊重するという制度の理念からくるものです。企業側は、転籍を封じる方向ではなく、転籍したいと思われない職場を作る方向で準備を進める必要があります。待遇の比較、キャリアパスの明示、生活面のサポート。地味な取り組みですが、これが結局のところ最も効果のある人材流出対策です。
こうした対策を一気にすべてやる必要はありません。まずは自社の現状を客観的に把握するところから始めて、優先順位の高いところから手をつけていく。それだけで、施行後にいきなり慌てる事態は避けられます。制度が変わるからといって身構えすぎず、できることから淡々と積み上げていけば十分です。
依頼するかどうかで迷っている方は在留資格の申請は行政書士に依頼すべきかと行政書士に依頼する費用の相場も参考にしてください。